敬愛する倫友の皆様へ 「さわんちゃ通信」 沢矯正歯科医院
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2005/08/31
『三年間ありがとうございました』
 みなさまこんにちは。長岡市倫理法入会も私渾の後を引き受けて下さった磯田サヨ会長((有)サヨ美容室代表取締役)が3年たち、9月から遊座正文現副会長にバトンタッチすることになりました。会長としての最後のお話が8月23日(火)のモーニングセミナーにて上記のテーマで行われました。
 磯田会長は「正しさよりも明るさ」をモットーに、多くの人に慕われて人脈をつくり、普及活動も全国でトップクラスです。9月からは新潟県倫理法入会の副会長として、内田力会長((株)コロナ代表取締役)を助けて、さらに新潟県をよくして下さるものと恩います。

*みこしは軽くてパーがよい(渾が7年前に言った言葉):「みこしが重すぎるとかつぐ人が苦労し、あまりなんでもできると、まわりが無気力になり反感をかうことさえある」という意味であるが、会長になって、役員の人材を生かし和をもってやっていこうと決心したら、気が楽になった。本当にみんなのおかげで長岡市も1 4 5社になり、県の1532社に貢献できた。

*美しき妻の生き方:会長を引き受ける際に一番気になったことは、公務員の主人に迷惑をかけないかということであった。そこで倫理研究所の「美しき妻の生き方」という本を二度読み、針と糸のように女性は男性に合わせて、針が動きやすいようにしてあげることが役目と知り、夫の声は天の声と受け主人を第-に考え、会のことも多くの人の力を借り、自分は補佐していこうと考えてやってきた。
 雑草の生き方にも通じ、どんな環境にも順応していく生き方かもしれない。

*徳川家康の生き方:徳川家康全集を3〜4回読んだが、家康が秀志に「自分がどんな人になるかが大切で、そのためにも人格を磨くことを怠ってはならない」と話す場面が忘れられない。まさに倫理はその人格を磨くに最適の場である。

*人はどう考え、どう行動するかを見きわめ、その考えを生かす:開店して間もない美容院でまだ軌道に乗らず、お客様もついていない時、10日間休んでヨーロッパヘ行きたいと言ったスタッフがいた。初めは驚いたが、そのスタッフの性格をみると、やりたい恩ったら何かあってもやるタイプで、逆に本気になって仕事もやりとげる性格と判断したので、自由にさせたら帰ってきてから本当によく仕事をし、お店を発展させてくれている。

*ひとつのことに全力をつくす:ひとつのことに集中してやり、終えると丁度よく時間をおいて次のやるべきことが現れる感じがする。この5月、6月と毎日のように普及拡大に出歩いていたが、その時は他のことを考えずにやっていると、必要な時に気づきがあり、即行即止ができる。普及活動の際にこれまでで最大の売り上げがあった。 10.23中越大震災で被災したお店を一店閉じることにしたが、勇気をもってすばやく決断することができた。本当はお店を増やすより、撤退する方が難しい。

*利益配分の仕方:(有)サヨ美容室5店舗は収入も支出も全部だれにもわかり、どのお店の売り上げがよいか、経費がかかっているかもわかるので、リーダー会議では各々が検討してよい方法を提案してくれるため、自分が悪者になってガミガミ言う必要がない。それも定額のボーナスをやめ、利益配分にし利益が出たお店のスタッフだけボーナスがでる仕組みにした結果と恩う。

*愛和:お酒を飲む機会はつくれないとしても、会う回数や食事をする回数を増やすことで人と和することはでき、スタッフともつながりが保てる。普及活動も同じで、訪問する回数が多い程心をこちらに向けてくださる確率が高い。

*売り上げはでなくても、生きがいのある仕事をしたい:以前お店を立ち上げた時しばらく利益が出ないことがあり、税理士さんに注意をされたことがあった。その際母が「売り上げは少なくても、生きがいのある仕事をしたのだから無駄ではなかった」と弁護してくれ落ち込むことが防げた。

*倫理は中途半端ではもったいない:栞の17ヵ条は全て法則であり、どっぷりつかってやらないとわからない。24年前生涯局の会員となり、その後備理法入会に入会して以来、仕事や人間関係で多くの苦難を乗り越えてこれたのも、倫理のおかげとしか言いようがない。

感謝合掌
posted at 2007/06/13 14:31:19
lastupdate at 2007/07/26 13:07:35
修正
 
2005/08/26
『古寺めぐり』『間髪入れずに』
 みなさまこんにちは。残暑お見舞い申し上げます。8月16日(火)の長岡市倫理法入会のモーニングセミナーでは、新潟県倫理法人会と長岡西倫理法入会の相談役で近藤産業(株)代表取締役の近藤道弥様から「古寺めぐり」のテーマでお話をして頂きました。

*自分の大事な時間を人のために使おう:倫理法入会に入っている人は誰一人暇な人はいないが、利他の心で人のために何かをしようという人が多い。名誉欲や権力志向でなくお金以Lに大切な時間をさいて人に倫理を普及したり、喜ぶことを考えることはすばらしい徳積みになる。倫理の役職を受けるのは時間も使いたいへんだが、ふっきると楽になり、後で必ず御利益がある。倫理のごほうびは思わぬところで思わぬことが起きるのでおもしろい。

*人の心をどうやってなごませるか:古いものの中に人の心をなごませるものが沢山あるのに、多くの人は気づかない。縄文の文化は世界のトップであるが、なぜ日本はそれを活用しないのか。特に長岡の火炎式土器は世界的資産であり、命がけで生きていた時代にも心の安らぎを与える文化を工夫していたことは誇りに思ってよい。古いお寺などにも大きな価値がある。

*人の評価:人は他人のやっていることを否定すると、さも自分が偉くなって浮かぶような気のしている人が多いが、逆に軽蔑される結果になることが多い。自分の考えにない発想をする人を評価し、取り入れてこそ器が大きくなる。


次に8月19目(金)の長岡南極理法入会のモーニングセミナーでは「間髪入れずに」のテーマで渾が話をさせていただきました。

*打てば響くさわやかな挨拶と返事:朝礼におけるハイの返事は、真剣勝負でやってほしいと言っている。手をのばして示す時も、誰に向っているのかわからないようでは困る。「あなたに」と言って気迫が伝わる時、間髪入れずによい返事ができる。当医院に来る患者さんにも、できるだけまず名前を呼んで「OOさんおはようございます」と挨拶をすることで、普段挨拶をしない子でも小さな挨拶が返って来て、いつかさわやかな大きな挨拶と返事に変っていくことを信じている。当医院の診療時間中に一番多く飛び交う言葉は「ハイ」であり、私が一番多く発していると思う。「え〜?」「何?」などと言う声を間いて喜ぶ患者さんはまずいないと思われるからである。ただし同じ「ハイ」でも間こえないほどの声や、間のびした「ハ〜イ」や怒ったような調子でも困り、「ハイ」の次に小さな「ッ」がつく感じや、「喜んで」とか「何でしょう」と呼応していく気持ちがこもると、さわやかで好感をもたれる。

*ものさしくまなざし<心ざし:他人を自分のものさして測って非難しているうちは相手にも好かれないし、自分の心もおだやかでない。バカなと思う前にまずまなざしで受けとめることができれば、お互いに理解の土俵に乗ったことになる。次に心を向けて「何を言おうとしているのか」「何をしたら喜んでもらえるか」などと考えていくことで、人間関係はさらによくなる。当医院でもこの流れを大切にし、できるだけこちらの都合で考えたり、押しつけたりはせず、最後の選択権は自分にあることを理解してもらい、「歯は素直だからあなたの努力に反応するだけです。あなたが歯を大切にした分だけ、歯も-生あなたを支えてくれます」と言っている。

*心の迷いを少なくする方法:人間は一日に2000回以上迷う動物であるが、できるだけその迷いを少なくするためには第一感を大切にし、即行を続けることがよいようである。失敗したり、困ったことが起きた時には迷い続けて落ち込むよりは、「あっこれで今までの分のつぐないが終り、またOから出発できる」と考えるのもよい。これを私はFチャラの理論」と名づけ、「これで失敗もチャラ。
 さあ今度はよいことが起きるぞ」と自分に言い聞かせている。

*元気になる方法:落ち込んでいる人には「がんばれよ」から「今でもいいんじやない」の方がやる気が起きてくる。あなたがいることだけで喜んでくれる人がいたら、その人のために生きましょう。一人でも喜ばすことができたら、あなたは十分に生きる価値があります。


感謝合掌
posted at 2007/06/13 14:31:49
lastupdate at 2007/07/26 13:09:05
修正
 
2005/08/13
『花火と長岡商人』および『山古志の美しさに魅せられて』
 みなさまこんにちは。残暑お見舞い申し11げます。
 8月2[j(火)の長岡市倫理法人会モーニングセミナーでは、前長岡市白L映図酋館長の稲川明雄様より上記の『花火と長岡商人』のテーマでお話をして頂きました。

*長岡の花火は江戸時代に商人が工夫して造り、発展させてきた:
 廿は煙花火で煙に色を付けてあげていたが、武士から化学薬品の製法を学び、美しい色の出る現代のものに近づけていったハイオニア的存在であった。長同人は質素倹約家なのにどうして花火をあげたのかというと、「夢をかたるのが好き」「造形することが得意」[遊びを生活の中に牛、かすことが好き」などの気質があったためと思われる。

*大橋方ミ内のこと:
 長岡商人として52歳で東京の深川に出向き、15年間も花火をあげ続けた。(最近発刊した稲川明雄著「能のごとく」に大橋が内のやった商売繁盛の秘訣が詳しくのっています)

*第二次匪界大戦後の長岡花火:
 空襲で1475人が亡くなり、その鎮魂と焼け野原となった長岡の復興を訴って、8月2日と3日にあげることになった。しだれ柳のようにできるだけ長く空中に残るものや、長く尾を引くようなものには、「長生き花火」の想いが込められている。また花火師は良い花火をあげるために命がけで努力した。これは近年にもF花火師の競演」として続いているようである。

*「しモ尺玉:
 それまでの花火は{尺玉と所っても実際にはもっと小さく、あまり正確な大きさではなかったので、あえて「ΥF」の字をつけて、Lしい大きさとし、他の所の花火とは異なることを表現した。
 このモーニングセミナーの後、午後から神奈川県倫理法人会からバスで31人もの倫友が長岡においでになり、山占志の闘牛と米百俵セミナーと花火を楽しんで下さいました。ちなみに今年は地震からの復興を願って、長岡市のバッジにもなっているフェニックス(不死鳥)の名をつけ、合併した6市町村にちなんで、長さ1.6kmにわたり6ヵ所から3分間同時にあがる圧巻の花火を見ることができました。
地震や洪水での苫労を明るくハネとはしていこうという気持ちが伝わり、感動して涙ぐむ人も多く見られました。余計な話ですが、花火気狂い?の一人でもある私、暉の属する酔火連が25年間あげ続けている尺五22連発と、長岡高校S39年卒の還暦お祝のベスビアス超大型スターマインではハイと返おをし起こして、周りの人に拍手をして頂きました。(半分はアホみたいと思っているようでしたが。)


 次に8月9ト|(火)の長岡巾倫理法人会モーニングセミナーでは「山雪志の美しさに魅せられて|のテーマで、写真家で牛、物化学研究家の中條均紀(なかじょうまさのり)様にお話をして頂きました。

*山古志村の棚田の芙しさにひかれて通いつめ、数多くの写真を撮ってきたがハ中年の10川23目(上)も写真家仲間数人に教えながら、山占志村虫亀の旅館に泊っていた時に地震にあった。風じの水がほとんど飛び出す程の縦揺れを感じたあと横揺れに移り、許の身許のまま飛び出し、案内された集会場に集まったが、村民が誰からともなく自然に炊き出しを行い、「助け合うことがごくあたりまえ」という勤きに感心した。壊滅的な状況でも、告おだやかで、温かい心の村民はグチをげわず全てを受け入れ、前向きに、支え合って生きていく知恵」を出し合っていたように患う。

*その山古志村に少しでも役収てばとの思いで、撮りためた写真をもとに「祈り」のテーマでつくった写真集3看と、全国40ヵ所以上でチャリテイ個展を問いてもらったことで、数千万円を寄附できたことでホッとしている。

*山古志村にはコンビニもないが、不自由はなく人間らしい生活が送れてきた。本当の便利さとは何かを考えながら、山古志村と一生かかわり、つきあい、自分さがしを続けていきたい。

感謝合掌
posted at 2007/06/13 14:32:24
lastupdate at 2007/07/26 13:10:41
修正
 
2005/08/01
『ラジオは地震をどう伝えたか』
 みなさまこんにちは。東京方面で地震があったかと思えば、梅雨開けとともに台風もやって来て、何が起こるかわからない昨今です。
 私達が災害に遭遇した時、まず第一に知りたいと思うのは身近な正しい情報だと思いますが、7月26日(火)の長岡市倫理法人会モーニングセミナーでは、昨年10.23中越地震で大活躍をし、放送文化基金賞、女性懇話会賞など数々の賞を頂いたFMながおかの脇屋雄介社長よりh記の『ラジオは地震をどう伝えたか』のテーマでお話をして頂きました。

*2004年10月23日17時56分7秒の直後からの放送:
地震直後から放送を始め、多くの人の情報提供を受け、余震が起きて全員が戸外へ逃げた時も、女性スタッフを含め、マイクをつかんで夜通し必死に話し続けてくれた。

*災害時の身近な正確な情報の少なさとうわさによる不安:
ゴーストタウン的になった街の中に取材出かけたが、駅前のビルがみんな倒壊しているなどといううわさが飛びかい、不安になている人が多かった。災害の起きた時に一番大事なことは、直後に正確な情報を流すことである。

*普通の放送局と全く違う情報:
 どこのコンピニやスーパーが開店しているか、理髪店や銭湯、ガソリンスタンドのこと、ゴミの収集 方法など、市役所の代行のような形で徹夜で放送を続けた。このことが長岡市が総務長官表彰を受けたことにつながったようある。

*地域のリーダーの善し悪しが大きな差を生む:
 ある地域では、避難している場所に家から冷蔵庫の中の食物を、停電で腐る前に全部持ってきてもらい、全員でいろんな料理をしてふるまったが、Fこんなごちそうは生まれて始めて食べた」と言う人もいて、心のやすらぎに一役買ったようである。

*外国人への情報:
 長岡市内には2200人の外国人が住んでいるが、26日間外国人向けの時間を作って放送した。地震を始めて体験した人も多く、戦争と思った人や、避難所では日本人にしか食料などの支援がないと思った人もいて、パニックの人もいたが、日本人の優しさや公平さに感謝してくれる人が多かった。

*中越大震災の特徴:
 阪神淡路大震災では本震の1回のみであったが、最初の本震の他、18回も5強以上の大きな余震があった。阪神では車の中で生活した人はほとんどいなかったが、中越では多くの人が車中で夜を明かした。規模の多きさでは同じくらいとも言えるが、阪神では5300人の死亡に対し、中越では50人以下であった。これは中山間地であったことや、火事が少なかったこと、土曜日の午後であったことなど、いろいろなよい条件が重なっていたためである。

*長岡の復興:
 @戊辰戦争後の三島憶二郎らの活躍A第二次世界大戦後の民間の活力B今回の地震後の行政と市民の底力@では河井継之助などのN0.1が已くなった時、N0.2以下の人が力をつけて復興した。会社もリーダーが退くと本当にがんばる人が生まれてくることがある。長岡市のシンボルはフエニックス(不死鳥)であり、よみがえる街である。

*困った時にその人の本質がわかる:
 地震によってこれまで見えなかった地下の断層がわかったように、地震によってその人の本当の心が見えた。いざという時に動ぜず、力を発揮するためにも、普段の心かけが大切なようである。


★8月2目(火)のMSは稲川明雄先生の「花火と長岡商人」です。午後の16:00〜17:00神奈川県倫理法人会31名をおむかえして、気軽な米百俵セミナーを行います。どちらも無料です。会場はどちらも長岡グランドホテルです。どうぞおいで下さい,

感謝合掌
posted at 2007/06/13 14:32:48
lastupdate at 2007/07/26 13:12:36
修正