敬愛する倫友の皆様へ 「さわんちゃ通信」 沢矯正歯科医院
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2002/10/12
No.13
 10月8日(火)の長岡市MSでは、(社)倫理研究所法人局普及事業部の川又寿久研究員から「心を磨く」のテーマで講演をして頂きましたので、いくつか列記致します。

・人は教えこまれるよりも、自ら気づくことでしか変われないから、最近の研修会ではゲーム感覚で工夫をしながら、新しい体験をしてもらうことが多い。
・「思い込み」が物事を複雑にしてしまう。これまでの体験や知識が邪魔をして、自分自身の心の中に壁を作り、問題の解決を難しくすることが多い。心即太陽(心の中に太陽を持つこと)の気持ちで、素直にただやってみることで必ず道は開ける。
・倫理法人会の普及では、最初多少無理に入会してもらっても、その後のフォローがきちんと出来ると、いつかわかってもらい、その人が活躍をしだすことも多い。これは他の仕事などでも同じで、人に勧めてすぐに理解してもらえなくても、後で取り入れて役立ってもらっていることを知った時、本当に嬉しくなり、強い信頼関係ができるのに似ている。
・倫理とは何かと一言で言えば「明るくなること」で、倫理法人会はさらに「あたりまえのことをやれるようになろうとする会」になる。具体的には7actsの実践などがあげられる。
・人は他人の失敗談には耳を傾けるが、成功談にはあまり興味を示さない。
・モーニングセミナーは、自分自身の実践を客観視していく場である。
・社員が社長を評価する時「言うこととやることが一致しているか」で判断する。さらには「思うこと」も一致させたい。つまり「言・行・意の一致」が大切である。

 10月11日(金)の長岡南倫理法人会MSでは、(社)倫理研究所の大橋良弘副参事から「親に感謝が成功の道」のテーマで講演をして頂きましたが、こちらもその内容をいくつか列記致します。

・挨拶では気をあわせることの大切さを知る必要があり、最初の挨拶がうまくいくと、あらゆることがスムーズにいく。
・親を恨んでいたことで、会社の経営がどうしてもうまくいかなかった事例は多いが、逆にとにかく親を大切にしてきて大成功をおさめた人に、元経団連の土光会長がいる。
・本当の親だけでなく、職親も大切にすることで仕事がうまくいくので、健在なら年に1回くらいは会いに行くか、墓参りをすることも大切。

 これから先は朝食の時にお聞きしたことですが、講師の先生は講演時だけでは伺いしれないエピソードも話されるので、モーニングセミナーの後は、皆様ぜひお時間を作って一緒に朝食をいかがですか。
 大橋先生は現在81才で、これまで26回も生死の境をくぐり抜けて来られたので、「生かして頂いている」恩返しに、頼まれたら全国どこへでも出かけて行かれるとのことです。26回のうちのいくつかを列記しますが、いつか全部じっくりとお聞きしてみたいものです。

・中学生の時お父さんとおじさんが「戦争では幹部になると大変だ」という話を聞いていたので、軍隊に入って幹部候補生の話があった時、断ったらスマトラ方面へとばされたとのこと。日本に残って幹部になった同期生は、後に硫黄島に派遣され、ほとんど全滅してしまったとのことです。
・船団でスマトラへ出かける途中、前の船が撃沈され、その人達を助けて進んだが、攻撃を受けなかったとのこと。後ろの船も撃沈されたので不思議に思ったら、敵船の弾丸が底をつき一旦休んで補充をしている間に港に入って助かったそうです。
・軍隊に入ってからも、敵陣を攻める志願兵を募られた時、手をあげて出撃し、帰ってみたら自陣が襲われ、多くの戦友が亡くなっていたそうです。
・終戦で捕虜になった後も、日本へ病人を送り返す船にたまたま空きが出て、その時仮病を使って保留になっていた大橋先生も乗せてもらえ、帰国できたとのことです。

 大橋先生は戦争の間もあまり泣き言を言わず、食料やお酒を工夫して少し失敬したりして、結構楽しく過ごされた様子ですが、26回も助かったのはまさしく親、祖先の徳で、かなり使い果たしてきたので、これからまた積んでいくんですと、明るく話しをされました。 感謝合掌
posted at 2007/06/08 9:50:56
lastupdate at 2007/06/28 17:04:57
修正