敬愛する倫友の皆様へ 「さわんちゃ通信」 沢矯正歯科医院
2008 / 02   «« »»
01
F
 
02
S
 
03
S
 
04
M
 
05
T
 
06
W
 
07
T
 
08
F
 
09
S
 
10
S
 
11
M
 
12
T
 
13
W
 
14
T
 
15
F
 
16
S
 
17
S
 
18
M
 
19
T
 
20
W
 
21
T
 
22
F
 
23
S
 
24
S
 
25
M
 
26
T
 
27
W
 
28
T
 
29
F
 
 
Pageview

Online Status

Profile
プロフィール。

Menu

RSS & Atom Feed
敬愛する倫友の皆様へ 「さわんちゃ通信」 沢矯正歯科医院
RSS1.0 / RSS2.0 / Atom0.3
さわんちゃ通信NO151-200
RSS1.0 / RSS2.0 / Atom0.3
さわんちゃ通信NO101-150
RSS1.0 / RSS2.0 / Atom0.3
さわんちゃ通信NO51-100
RSS1.0 / RSS2.0 / Atom0.3
さわんちゃ通信NO1-50
RSS1.0 / RSS2.0 / Atom0.3

Pickup Photo!

Recent Diary


Category


Pageview Ranking

Search

«« No.108 | main | No.106 »»
«« カテゴリ内前記事(No.106) | さわんちゃ通信NO101-150 | カテゴリ内次記事(No.108) »»
2004/09/21
No.107
 みなさま こんにちは。
 9月14日(火)の長岡巾‘倫理法人会モーニングセミナーではスペシャルオリンピックス,トーチラン新潟実行委員会事務局長の橋本亮氏よりお話をして頂きました。

*スペシャルオリンピックス(SO)とは:
 国際オリンピック委員会(IOC)より名称を使うことを許可されている、知的発達障害者の世界的なスポーツの祭典で、夏期大会は1968年、冬期大会は1977年に始まった。各々4年に一度の間催で、来年2005年2月26目より3月5口まで長野県で第8回冬期世界大会が行われる。現在1 6 0の国と地域で1 0 0万人のアスリート(選手)、75万人のボランティアが日常のスポーツトレーニングに楽しく参加している。

*トーチランとは:
 8日間の長野の冬期大会に先立ち、9月4日に熊本で採火式を行った聖火をトーチでリレーして全国へつなぐ聖火リレーで、障害を持つトーチランナーに併走したり(1チーム20〜30名)、金銭的支援をしていただき2月26日(土)の当日、2005年2月にアテネで採火されて運ばれる聖火とひとつになり、聖火台に火をともす。元首相夫人の細川佳代子氏がトーチラン委員会の委員長で、五輪メダリストの有森裕子さんや田中康夫長野県知事が500万人トーチランの発起人となっている。
「日本中の人にスペシャルオリンピックスを知ってもらい、地域の中でお互いが支え合う心優しい社会を実現したい」という。

*長岡市でのトーチラン:
 2回あり、10月2ロ(土)大手通りで米百俵まつりのイベントに合わせて行われるものと、2月13日(日)市営スキー場で行われるものとがあり、参加者を募っている。
(問い合わせTEL025?271?8172)

*これまでの試合より:
 ふだんの競技会でも障害者達の感動プレーが続出する。長距離走では、1着でテープを切ると思った選手が急に立ち止まり、後続ランナーを待って並んでゴールしたり、サッカーの試合では敵チームが放った華麗なシュートに、こちらの選手まで全員が笑顔で拍手をする光景が見られる。水泳でもおぼれそうになってフィニッシュした選手に優勝者以ヒの歓声があがり、「その無邪気さに心が洗われ、涙が出てきます」という。スペシャルオリンピックスでは金,銀,銅のメダル授胴まあるが、「勝った」よりも「できた」が大切とされる。(よみうり寸評より)

*2004年5月7日の新潟日報、日報抄より:
 北陸地方の養護学校教諭の山元加津子さんが、教室の隅で泣いている女生徒を見つけたことがあった。姉の結婚式に出ないでね、とほに言われたという。深く結ぱれている家族だった。母と姉の心も傷ついている。そう考えた山元さんは提案をした。「お祝に浴衣を作ってあげようよ」「無理ならミシンで」と考えていた山元さんは目を見張る。不自由な手でがんばる生徒の縫い目が、少しずつそろうようになっていったのだ。完成した浴衣を届けてから二日ほど過ぎたころ、山元さんに電話がかかってきた。「数日後の結婚式に妹と出席してほしい」。ためらった末に出席した山元さんの耳に、障害のある新婦の妹を見てひそひそ話をする声が聞こえる。心がふさぎ始めた山元さんの目の前でお色直しの扉が開き、どよめきが広がった。照明に美しい浴衣姿が照らし出されたのだ。姉はマイクの前で語った。「この浴衣は体の不自由な妹が縫ってくれました。施設で暮らさなければならない妹が、いつも親と一緒だった私を恨まずにこんなにも患ってくれている。私は妹を誇りに思います」。新しい家族に感動的に迎えられた妹は和裁を-生の什事に選んだと出丸さんが「たんぽぽの仲間達」(三五館)に書いている。あまりにも多くのことを生徒から教わった山元さんは、お色直しを境に自分は先生なんだという思いをやめることにしたのだった。

感謝合掌
posted at 2007/06/13 14:00:05
lastupdate at 2007/07/25 18:18:05
修正